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<地方都市の概要>
浦添市(うらそえし)は、沖縄本島の南部地域、中部地域のちょうど境目にあり、
南は那覇市、北は宜野湾市、東は西原町に隣接する都市である。
那覇市、沖縄市、うるま市に次ぐ沖縄県第四の規模を持つ。
全国でも高い出生率を誇り、那覇市と隣接するため人口増加が著しく、
人口密度は県内では那覇市に次いで2番目に高く、政令指定都市であるさいたま市よりも高い。
県内でも有数の商業、工業が活発な市である。

12世紀~14世紀には、浦添城(現在は浦添城址)を中心に琉球王国の首都として栄えた。
その時の王「英祖王」の父が太陽であったという伝説があり、
それにちなんで沖縄の方言で太陽を意味する「てぃだ」と、
その太陽の子どもを意味する「こ」がくっつき「てだこ」と呼ばれる。
それにより別名「てだこの街」とも呼ばれることもあり、行事などにもその文字をつけることが多い。

沖縄戦では同市から宜野湾市にかけて、中央司令部であった首里城を守るため
攻防戦がはられたため激戦地となった。戦後、西海岸地区は米軍基地となっている。

また、全国でも有数のハンドボールの実績があり、2004年1月にはハンドボール王国都市宣言を行っている。
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【詳細検索の説明】
歴史は古く、13世紀ごろに登場する英祖王統の中心地として栄え、
14世紀末に察度王統が尚巴志によって滅ぼされるまで中山の首都であった。

太平洋戦争中の昭和19年に日本陸軍沖縄南飛行場(仲西飛行場又は城間飛行場)が建設されるが、
米軍の攻撃と上陸に合い飛行機が一機も飛び立つ事も無く放置されて沖縄戦を終えた。
その後、米軍が同飛行場を占拠後、「牧港補給基地」(通称、キャンプキンザー)を建設して、21世紀の現在も基地として使用している。

戦後、那覇市のベッドタウンとなり人口が急激に増加。
1970年に浦添村から浦添市となり、1998年1月には人口10万人目達成となる。

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